連載「同棲している彼氏が出ていった話」

同棲している彼氏が出ていった話:1

CREDIT 文・Shion Oyake

同棲している彼氏が出ていった。

2年近く付き合っていて、今年の秋で同棲1周年になる。来年には結婚しようと指輪を見繕ってもらっていた最中の出来事だ。

事の発端は遡ること1週間前。

交通事故編

彼は1週間のアメリカ出張を終えて、やっと日本に帰ってきた。数日を穏やかに過ごし、週末になった頃、彼から言い出されたのは、
「もっとより良い自分になるためにリセットしに行きたい。エアビを借りて、しばらく一人で自分を見つめ直したい。」
私は大反対。一人で変わる必要なんてないし、二人でゆっくり変わればいい。しばらくお互い仕事で週末を過ごせていないから、せめて週末は一緒に過ごそう。今出て行かれて二人のデートの予定もドタキャンされたら帰りを待てるかわからない。出て行かずにリセットする方法を考えよう。
しかし彼は出ていってしまった。その日のうちはとりあえず放っておき、次の日に何ヶ月ぶりのデートをする予定だったのに帰ってこないため、私は大怒りして電話してしまった。

彼は予定をドタキャンするのは良くないし、大事な予定を考えずに突っ走ったことを反省しながら車で帰ってきてくれたその道中、交通事故に遭ってしまった。

「事故った」

のLINEが来たとき、いつも通りやりたくない事に直面した時につくとっさの嘘だろうと思って、流してしまった。
私はそのまま呆れながら、通っている陶芸教室へ行き、陶芸教室を終えて教室の外に待っていない彼を見て、やっぱり来る気がないんだな、どうせ事故ったのが本当だとしてもかすった程度ですぐ来られるはずだし、とLINEを確認すると

「念のためだけど今病院に運ばれている」

なるほど。これは本当かもしれない。最寄駅のタリーズに向かい、まずは看護師の親友に状況を説明。彼女は穏やかで聡明な人なので、
「まずは自分の心配をすること、いつか帰ってくるだろうから涼しいところで待っているように、あなたまで熱中症で倒れたら元も子もないんだから。」
と私を諭してくれた。

しかし、今どこにいるのか彼に聞いたところ「医療センターにいる」と言われたので、私はそこへ向かうことにした。
救急外来で交通事故の搬送情報を聞いても、彼はいない。看護師さんからは、医療センターというのは各地にあって、ここだけが医療センターではないと言われた。がびーん。何も考えずGoogleで医療センターと入力して出てきたところへ来てしまった。

彼にどこの医療センターか聞くと、大学病院の医療センターだと伝えられた。私は急いで外へ向かった。タクシーのほうが早いかなと思っていたところ運よく目の前まで行くバスが来たため、バスに飛び乗り、だんだんと返信が遅くなるスマホを握り締め、最悪な事態を何度も頭の中で想定しながら、バスは進んだ。

「今その病院の前にいるよ、大丈夫?」

「違う!そこにいない!シオンは帰って!こんな姿見せられない!」

という押し問答が始まった。彼曰く、現在の状況は頭を打ってCTを撮った。まだぼーっとすると答えると、2時間様子を見てもう一度CTを撮ることになった。スマホはあまり見てはいけないと言われたからあまり返答できない。

「一人で大丈夫だから」

「退院したら帰るから」

「親には言わないで、僕から後で話すから。心配かけたくない」

頭を打った人が何を言っているのだろう?
念の為とはいえ、朝から15時過ぎに至るまで、病院で動かないように指示されるなんて相当な重症だ。しかも、親には退院してから直接話したいから、何も言わないように、誰にも病院名は教えたくない、こんな姿を誰にも見られたくない。

私は彼の親からは嫌われているっぽいので連絡先は知らないし、おそらく家に行って話しても、彼がそう言っているなら彼を尊重してあげるべきと言われて追い返されるに決まっている。しかし私は結婚しているわけでもないし、ただ10ヶ月住んでいるだけの他人。仕方がないので、強行手段に出た。

「今親に連絡をするか、私に正しい病院名を伝えるか、どっちかをするまでこのクソ暑い中病院の外で待っています」

混乱している彼にこんなことを言うのは良くないとわかっていたが、仕方がなかった。

そうすると彼は、父親にふざけた文章を送り(アメリカンジョークなのかよくわからないが、ノリとしては”慌てないで欲しいんだけど事故っちゃったから今は病院にいて頭がマッシュポテトになっていないか検査してもらっている!今夜か明日には出られるだろうからまた教えるね〜”みたいな感じ)、スクショを私に送ってきたので大人しく帰宅することにした。

夜になっても返信が来ない。そもそも夜には退院できるという見立てだったのが、まだ出られないということは重症なのではないか。こんな状況でも私に病院を言わず、親にもきっと言っていない。
しばらくLINEをぽつり、ポツリと続けていると彼から返信が。
「絶対に来ないでね。XX大病院にいます。」

これが本当なのか分からず、命に関わる状況なので彼の弟と妹に今回の事のあらましをインスタのDMで説明した。ちなみにこの日以降彼らからの返信はない。私は本当に彼の家族から嫌われているのでどうしようもない。

彼の隠したがりな性格はわかっているので、万が一家族への迎えを頼んでいない時のために、朝9時からXX大病院へ行き、彼が退院するところを見守ろうとした。
結論から言うと、見れなかった。彼からは入院と聞いていたので入院病棟の近くにいたが、おそらく救急外来にずっといたのだろう。救急とは入り口が違ったため、彼にも彼の家族にも出会えなかった。

本当に家族に連れられて帰ったのかを確認するため、弟にDMをした。もう帰ったと連絡が来た。それ以降彼に何を送っても返信はない。

たかが彼女、同棲しているとはいえ赤の他人。どんなに毎日彼の世話をし、彼のパンツを洗い、味噌汁を作り、ソファで寝落ちてしまう彼を叩き起こして歯磨きをさせてベッドへ連れて行っても、私は赤の他人。
彼に何があったのかを聞くことはできないし、無事なのかを報告もしてもらえない。
この2年間、特に10ヶ月間はまるで家族のように接してきた。家族のように当たり前に緊急連絡先に入れ、何かイベントに連れて行くときはお互いをお互いの知り合いに紹介し合った。

シャンプーはオーガニックにしたいけど今のやつはちょっと合わないな、寝室に置くベッドは深い青色にして間接照明を置こうよ、今年は海、湖、川、どこに行こうか、新婚旅行ではプレゼントしてくれた小説の舞台だったこの国に行こう、将来は大きな家でBBQをしよう。

何を言っても所詮他人。今彼が無事なのかどんな顔をして今生きているのかを確認できない。

家出編

しばらくして彼から返事があった。彼の心の問題なので割愛するが、二人での仲があまり良くない時に交通事故に遭ってしまい、精神を病んでしまったということらしい。
それでも実家に引きこもってしまっては元も子もない。あなたの家はここであり、住民票にある住所はここ。何か色々と嫌なことがあっても、ここに帰ってこなくちゃいけない。もし別れて出て行くとしても、ここの引越しや掃除も一緒にやらなきゃいけない。事故と喧嘩は別だし、ここが家であることにはまだ変わりない。
色々と紆余曲折あり事故の3日後あたりにカラオケで一回会って、その次の日あたりにうちへ一瞬来たりしたが、しかし彼はここへ帰宅することなく、今も音信不通になってしまった。

彼は交通事故の後も実家で寝ることはなく、公園やホテルで寝泊まりをしていた。実家の人に色々と聞かれたくもない、私に色々聞かれたくもない。その結果逃げることにしたらしい。
最後に連絡を取れた時は群馬県の村のペンションにいた。明日はもう少し北へ行こうと思うと言われた。
彼が今何を考えているのかは全くわからない。彼の話をすることでこの話は進んでしまっているので、私が考えていることを話そうと思う。

この週にはフジロックに行くはずだった。私はフジロックが大好きで、フジロックに行けば全てが報われると思って1年過ごしている。結果としては3日間どれも行けていない。本当に悔しい。彼が一瞬来た時は一緒に行こうという話だったが、結局それもドタキャンされてしまった。
ここまでされたんだから、別れるべきだと相談した全員から言われているし、私も友達がこんなこと言ってきたらそう言うと思う。しかしここまでされてもまだ帰ってきて元に戻りたいと思っている。もちろん帰ってきてくれる保証もないし、元に戻れるという保証もない。しかし、また二人で美味しいご飯を作って食べて、フジロックは来年も再来年もあるし、他にもフェスはある、そういう思い出をまた二人で重ねられるのであれば、それで良いと思ってしまっている。
もちろん、結婚や出産は少し戸惑う。こんな身勝手な行動を当たり前にする人、結婚して家族という肩書を得てもっと病院なども楽にしたい気持ちもあるが、何より私が結婚したい理由は家族が欲しいからだ。しかしこんな父親を持った子供は可哀想だし、こうやって出ていかれてから私の経済力でここの家賃を維持できるか、また一週間桃しか食べてないくらい精神が疲弊してしまっているのに、子供なんて彼との間に作れるわけがない。
まだまだ先のことで不安になってしまうのは私の悪い癖であり、ここまで考えても良くない。まずは今の状況をどうするのかを考えなくてはいけない。

彼からは大体朝に連絡が来る。大抵は「しおん、心配かけてごめんなさい」これにアレンジが加えられたりもするが、大筋これだけだ。

もう本当にどうすれば良いのかわからない。1週間何も食べず、いつ連絡が来るのかわからないのでろくに眠ることもできない。眠ったとしても、ずっと起きようとする夢、彼からLINEが来る夢、彼以外の蟠りがある人からメッセージが来る夢、様々な悪夢を繰り返し見て、1時間連続で寝ることができない。

絶対に助けてくれる人

私が以前インフルエンザで倒れた時に、食料を持ってきてくれた人に連絡した。彼とは1ヶ月だけ大規模なシェアハウスに一緒に住んでいて、1年くらい付き合っていた。以前も私には他に彼氏がいたのに彼が食料品を持ってきてくれて、この人は私を助けてくれると漠然と感じていたので、今回も特に何も言わずに「体調不良なので食料品を届けて欲しい」とLINEしたところ、即座にOK、すぐに来てくれた。

インフルエンザでもなく風邪でもない、今回の概要を説明したところ、普通に笑われてしまった。

彼は彼自身の話と照らし合わせながら、私の話を聞いてくれた。彼はアドバイスをくれた。

「まずは自分をすり減らすことはない。彼はきっと返信しなきゃ、ちゃんとしなきゃって思いながらできずにいる、これが回復するまでどのくらいかかるかはわからない。待てる分だけ待てばいいし、待てなくなったらもうしょうがないってことで諦めるしかない。
あなたの話を聞いていてもさっきから、他者との関わりの私、しか話していない。あなた自身を失っているから、あなた自身を取り戻せ!」

要はこんな感じだ。私ってどんな人だったっけ?私って何が好きで、SNSはもう全部消しちゃったけど、それ以外でいつも何をしていたんだっけ?

「あなたはまずよく煙草を吸っていた。他の人が作らない料理を作ったり、近所の友達を招いて七輪で焼肉もしていたね。映画も好きだった。絵もよく描いていたよ。」

確かに。私は彼のために煙草をやめて1年以上が経っていたんじゃないだろうか?なのでまずは煙草を買いに行った、いつもの金マルを手にするとなんとも懐かしいサイズ感。

お香用に置いていたライターに手を伸ばす。1本を出す動作も忘れていない。ああ、この香り、懐かしい。息を吸って吐く。この匂いに引きつられて、忘れていた記憶のような感情のような深い緑と土色が混ざった気持ちが湧き上がった。大学近くに下宿していた時期の記憶。

それから私たちはワインを飲みながら、談笑した。実は付き合う前に女性用風俗で働いていた話や、インド旅行で死にかけた話を聞き、この破天荒な人生を聞くのも懐かしいな〜と久しぶりに笑った。
別れたきっかけも覚えているし、別に今助けてくれるから恋愛感情を抱くことはお互いにない。しかし、私にとって大切な人であることは変わりないんだとわかった。そんな関係性が私にも存在して安心した。

それから私はソファで寝落ち、彼は遠くに住んでいるのでそそくさと帰っていった。

今:事故から1週間目、午前7時

今は自分がどうすべきかわからない。彼氏が今は群馬県にいるのか、福島県にいるのか、どこにいるのかはわからない。生きているのかも正直わからない、自殺をするような口ぶりだったから。でも私にはどうすることもできない。

私は不安症なので、すぐにLINEを送ってしまう。しかし昨日元彼が教えてくれたように、彼氏自身も悩み、葛藤している。今私が付け入る隙はない。待つしかない。今年の夏も色々な予定を立てていたが、もう全部飛ばして、私は家に引き込もる。友達と予定がある日はもちろん外に出るけど。

とりあえず起きて歯を磨いて、煙草を吸った。落ち着く。嫌煙家になろうと努力していたが、やはりなれない。それは呼吸にもつながるし、自分が自分らしくいた時代を思い出してくれる匂いだから。馬鹿馬鹿しい愛煙家の自語りでしかないし、そんなことしなくても落ち着いて息を吸えという話だが。

今日は荒れ狂った部屋を綺麗にすることから始める。彼にLINEすることもなく、まずは自分の生活を整える。自分を整えることが何よりも大事、それだけを昨日学んだ。たくさんのことはできないから、まずは自分の生活を整える。待つということは、自分の生活に集中すること。好奇心を自分に向けること。そこから勝手に人生は待たなくても動いていくはずだ。

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