私は使うと思ったものは絶対に使う
私がこの部屋に住むって決めた時、周りの人から結構反対されたんです。私的には鉄筋2口コンロバストイレ別フローリング8畳で9万はめっちゃいい。ただし1階オートロックなし。しかしウッドデッキ付き。
私にとっての決め手はもちろんウッドデッキ。絶対にハンモックを置こうって決めてた。
なんでハンモックを買おうって決めてたのかは全然覚えてないけれど、英断だったと思う。
絶対1ヶ月で使わなくなるって言われたウッドデッキとハンモックだけど、2年3ヶ月たった今でも最低週1で使ってるし、私はこのおひとり様東京シティを満喫していると思う。
最近なんかは、冬寒いので湯たんぽを温めて、ふわふわのケースに入れて、ハンモック用に買った緑のチェックのブランケットを持ってセルフコタツonハンモック。本当に最高。11時過ぎからは1時間くらい日差しが直接当たるから、それに当たって私はなんて幸せなんだって、考える時間が一番好き。
こうやって心穏やかに過ごしているのはこの時間があるからで、広い空の下に自分の身を置く時間があるから私はこんなクソみたいな世の中で毎日の普遍的な幸せをきちんと幸せだと実感して生きていけているのだと思うんです。
物理の余裕は心の余裕
物理の余裕は心の余裕 って私は思ってて。もちろん経済の安定は心の安定に繋がるのもわかるけど、物理的に自分の周りに余白を持たせることが心の余裕になるんだと思うんです。
部屋にやたらといらん家具とか置きまくって、自分の安心スペースを固定確保していない人で心に余裕がある人を私は見たことないし。
もしかしてそういう意味でヨガとかって心にも効くのかな、だってヨガをぎゅうぎゅうのスペースでやっているところなんて見たことないし。
とはいえ最近の東京シティボーイって…
自然に期待しすぎな人多くない?
私の周りの東京出身者たちの自然への執着心ってすごくて。
多分その彼らは、
“物理的余裕を持った時の開放感”
というもののことは知ってんのよね。だから彼らって、車買ってみてやたら海とか山とか行ってみてさ。
わかる。わかるの。開放感、自然、空の広さ、目新しさ、全部わかるの。
でも私ど田舎出身の芋女が感じる田舎での開放感って、常にそこに身を置くことで初めて実感するというか、テンポラリー物理余裕は感じてもそこに心を許してないから結果的に疲れるんですよ。
生活圏内に物理的余白を用意して、そこに身を置くことが大事なんじゃないかな。生活圏内に「自然の開放感」を用意してリラックスすることが大事なの。それこそ田舎移住をすることはある意味正解だと思う。そこまで決断する人はすごい。
なんかいるのよ。投資で稼いだからって車買ったってドライブに連れて行ってくれる男。親名義の中古車を自由に使って良いと言われたから、「車買ったから迎えに行くしドライブ行こうよ」って行ってくる男。Get a toy to play with natureとかインスタに投稿して車の写真あげてる男。とりあえずコンデジで車とタバコと自然の写真撮ってインスタにあげる男。DJとか始めて見たけど音楽のディグリ方が下手すぎてパクった音楽の流し方しかできない男。スタートアップで肩書だけのマネージャーになってSNSに〇〇inc 創業メンバーとか書いちゃう男。
後半はただの悪口だけど、こういう人ほど生活圏内に物理的余白がなくて、逃げるように自然を趣味にしがちだなあと思う。
余白の作り方にも色々あるが
前述したような男って長い親友がいないんですよね。ある意味友人なんて新陳代謝してなんぼという考え方もあるかもしれないけど、やっぱり長い友人がいるいないって人間性に関わると思いません?
まあとりあえず、人の心の余白についての話に戻りましょう。
例えるならば、コップがあって、水がいっぱいになってからの対応として
①水を捨てて心の余裕を作る人
②大きなコップを用意して入れ替えて心の余裕を作る人。
の二通りがあるわけです。
前述した男は①でなんです。生きていて窮屈だから心の中のコップも大きくなることを知らない。
②は比較的生活の中に物理的余裕がある人。そういう人は物理的余白に合わせて心の余白も増えていって、いっぱいいっぱいになった水を抱え込むことができるようになる。
視界がひらけて自然に入れたとしても、たった1日だけだとただの「思い出」にすぎないんです。ひらけている景色だったり余白を五感で感じられる瞬間を日常にして取り入れることでやっと、心に余白が生まれて、誰かにやさしくできるし、エスカレーターで割り込みされまくっても心が穏やかでいられる。
庭付き一軒家に住んでバーベキューしてる田舎DQNってある意味正解の人生だな〜と思う一方、それはそれで刺激がないとかなんとか私はケチをつけ始めるんだろうし、生き方に正解なんてないんですけどね。最近そういう自然求めてる系都会出身男子が周りに複数人いるのでね。そんなことを考えていましたが。
余白を求めて自然に行くことは良い考えだが、ただの思い出に過ぎない行為を繰り返すのではなく、自然で感じた余白感や五感を本質的に日常に取り入れることで、このクソ忙しない東京シティでもなんとかサバイブできるようにな人間になるのだと、田舎育ち芋女は思います
